たまたま立ち寄った渋谷のタワーレコードで、ヴィニシウス・カントゥアリアの弾き語りによるインストアライブが行われていました。
「幽玄〜または静寂の美学」。近くに置かれていた資料にはそう書かれていました。この場合、「または」という言葉は要らぬのではないかと思いつつも、どこのどなたか全く知りませんが、興味を惹かれたので観ることにしました。


大別するとブラジル音楽と呼べそうです。誰もが思い浮かべる典型的なそれではありませんが、今にも消え入らんばかりのささやき歌声や、所々で引っかかるリズム、そして生み出される独特のハーモニーからは、ブラジル音楽特有の異国情緒の香が漂っていました。ボサノバやサンバに限らず、ブラジルには様々な音楽が存在するそうなので、当たらずも遠からずといったところでしょう。
吐息が漏れ聴こえてきそうなほどの小さな歌声は、美声と呼ぶにふさわしいものであり、技術的にはさして上手くはないであろう、けれど味のある訥々としたギターの音と見事に合致していたように思います。強くもあり儚くもあり、音の隙間に匂い立つ艶っぽさは、まさに「幽玄」でありました。


奏でられる音楽を前にすると、視覚が無用の長物と化すことがあります。目を閉じ耳を澄まさなければ感じえないものがあるように思います。自分に限ったことかもしれませんが、特に音に溢れている時ほど、それを実感することが多いのです。
彼の場合はどうだったでしょうか。目を閉じても何ら変わりはなく、ただ音楽はたゆやかに流れ続けていました。つまらなかったわけではありませんし、音が平板だったとも思いません、滋味深い演奏だったと思います。うまく表現できませんが、目を閉じた短い間の不思議な感覚は、これまでにあまり味わったことのないものでした。
シンプル極まりない演奏は、視覚と聴覚を等しく震わせるのでしょうか。あるべきエンターテイメントのひとつの形であるのかもしれません。


今回は独演ということもあり、どうしても単調にならざるをえないので、決して何時間も聴き続けられるものではありません。30分足らずの短い時間であったことが功を奏したのでしょうか、途中で退屈することなく最後まで心地よく聴くことができました。今すぐに関心を持てる類いの音楽ではありませんが、不思議な魅力に溢れた彼の歌声をしっかりと記憶にとどめておこうと思います。
何とも憶えづらい名前ですが・・・。