中島美嘉@東京国際フォーラムホールA

比類なき完成度を誇る2ndアルバム『LOVE』を引っさげてのツアー、中島美嘉のライブに行ってきました。


ジャジーなギターとウッドベースの旋律に導かれるようにしてステージ上に彼女のシルエットが浮かび上がり、『aroma』でおごそかに幕を開けます。ドラム・ベース・キーボード・パーカッション・女性コーラス×2 のシンプルな編成。そこにバンマスである河野伸がひとりで操作していたと思われる重層的なストリングスやホーンの音色が加わります。管楽器隊こそいなかったものの、今ツアーにおけるコンセプトを構築・再現するには必要にして十分な編成であり、それゆえに物足りなく感じることはありませんでした。むしろ音数を削ぎ落としたことで、彼女の歌声や幻想的な演出の内に心地よい緊張感が生まれていたように思います。それはステージ上に夜空を配したアコースティック・コーナーで顕著にあらわれていました。
また、聴衆の心を掴むには少しインパクトに欠ける『aroma』を最初に持ってきて、あえてアップテンポの楽曲を外したことは驚きでしたが、コンセプトが明確になるにつれてその意味がジワジワと広がりはじめる、そんな心憎い選曲でありました。


この楽曲を聴きにきたと言っても過言ではないほど、楽しみにしていた『Love Addict』。余裕がないと歌いこなせない難曲であるためか、序盤の2曲目に配置。常に音程が上滑り気味な彼女には珍しく、若干歌声がフラットしていたように思えたのですが、それでも有無を言わせぬ力強い歌声に魅了されました。途中でグダグダになると予想していたので、それは嬉しい誤算でありました。
『WILL』では息を呑むほどに美しい演出が施されていて、視覚的にも飽きさせることがありません。そして「大事にしている曲」と紹介された『雪の華』では、雪らしきものが舞う期待を裏切らぬ演出。
終盤ではアップテンポの楽曲を並べて『Love No Cry』でいちど頂点に達し、一転して壮大な演出を伴った『Find The Way』で締めくくります。
アンコール後に歌われたのは新曲の『Seven』。適度にラフな演奏は、かっちりと作りこまれたCD音源よりも好印象でした。その反面、中島嬢は見事に音を外していました。聴き手が考えるよりも実はずっと難しく、微妙な音程が求められる楽曲なのかもしれません。
中島美嘉の世界を構築するというコンセプトは最後まで微塵も揺らぐことはなく、『A Miracle For You』でさらなる広がりを予感させて終幕します。まばゆい照明の内に屹立するシルエットは、その華奢な姿を忘れさせるほどに感動的な光景でした。


彼女自身が不得意だと公言しているMCでのひとコマ。話し始めるや否やまごつきはじめて次第に微妙な空気が流れ始めた頃、観客から『Amazing Grace』のリクエストがありました。「歌詞覚えてるかな〜」と不安を隠せない様子でしたが、実際にそれを無伴奏で歌うという嬉しいハプニングがありました。CDに収録されているよりも遥かに力強く、表面的な技術を超えた部分で彼女の歌声の良さを再認識しました。


決して彼女の歌は技術的に上手いわけではないでしょう。声量は十分でしたが、体調が万全だったとは思いません。実際、中音域から低音域にかけて音程がよれる場面が少なからずありました。
しかし、僕はCDの再現をライブに求めてはいません。CD音源と同一なことが必ずしも歌の上手さを規定するわけではなく、そこに生の存在があるかどうかが最も重要だと思うのです。もちろん表現には必然的に技術が伴いますから、心さえこもっていれば全てが許されるといったものではありません。けれど、そうしたものを超越したもの、存在感とも呼べるものが中島美嘉の歌声にはありました。
彼女の最大の特徴である歌声の良さは、荒削りなところにあると思うのです。ひらひらと舞う音程は時に危なっかしくてハラハラします。けれど、ロングトーンに垣間見られる絹ずれのような歌声は、それを補って余りあるほど絶品でした。ベールがかかったような薄闇に立ち尽くす凛とした存在と包む込むような歌声は、瞬時にして彼女の世界を構築しうる力を有しています。小器用に上手くなることで喪失してしまうのであれば、上手くなる必要など無いとすら思ってしまいました。


中島美嘉の魅力のみ依存したものではなく、歌い手・演奏者・演出が渾然一体となった素晴らしいライブだったと思います。何よりスタッフの音楽を愛する気持ちが十二分に伝わってきました。そして、細かいことをあげつらうのがアホらしくなるほどに、彼女の歌声は素晴らしいものでした。終焉後、音楽っていいなぁとしばらく余韻に浸ってしまいました。本当にいいライブを見ることができて大満足です。
・・・我ながら味も素っ気もないレポですなぁ。