土曜日の夜

土曜日の夜

初期トム・ウェイツの傑作『The Heart Of Saturday Night』に収録されている、あまりに有名な1曲。計算されているのか、ただの思いつきにすぎないのか瞬時には判断しがたい後期における狂気の世界も彼の魅力であり、それなくして現在のトム・ウェイツを語ることはできない。けれど、ローファイでざらついた音色の中にほのかな温もりを宿し、何ともやるせなく美しいメロディが際立つ初期の作品には抗しがたい魅力がある。この頃の作品を愛する人は少なくないと聞く。


雑然とした薄暗い部屋に紫煙がうっすらと漂う。壁を一枚隔てたところでは、今夜も聞きなれた喧騒が続く。疲労で虚脱しきった体とは裏腹に、頭の芯だけは冷たく冴え渡る。訥々としたピアノの音色は蒼い闇に溶け、酒で焼けたしゃがれ声は過ぎ去りし哀しみを紡ぐ。宙ぶらりんなロマンティシズムが居場所を求めて今宵も鳴り響く。