Rain Dogs

Rain Dogs

Rain Dogs」の言葉は「"街で見かける迷い犬達"のことで、帰り道が分かるように残していた匂いが雨で消されてしまうところに由来している」のだそうです。
トム・ウェイツは自己に対してすらも傍観者であり続けます。そして、半歩離れた地点から鮮やかに「Rain Dog」達を描き出すのです。嘲るでもなく悲しむでもなく、都会のまばゆい灯火の下では生きられぬ者達の物語を紡ぎます。無意味な共感や憐れみではないけれど、されど無関心を装うわけでもありません。そこには路上の視座とでもいうべきある種の諦観が横溢しています。


大胆な路線変更を行ったアルバム『Sword Fish Trombones』以降が彼の第二期と呼ばれているそうですが、その実験的な精神は今作においても変わらず受け継がれています。チャカポコと鳴り響く間延びしたパーカッションが錯綜し、その結果として名状しがたい無国籍音楽が生まれます。そして、キース・リチャーズ、マーク・リーボー、ジョン・ルーリーらによる胡散臭くも味のある演奏が奇妙な華を添えます。
一聴してトム・ウェイツの代名詞でもあるセンチメンタリズムが後退したようにも思えますが、ふいに挿入される甘美なメロディからは、露悪的なまでに道化を演じることで覆い隠そうとする愚直な独りの男の素顔が却って鮮やかに浮かび上がってしまうのです。どのアルバムにもそれを象徴するバラードが収録されているのですが、今作では『Time』がそれに当たるでしょうか。時にがなりたて、時に優しく囁きかける彼の特徴的なダミ声にかかると、胸焼けするような甘いメロディーや、朽ちかけた歪なメロディーの全てが満遍なくトム・ウェイツ色に染まります。歌に始まり歌に終わる、全てが彼の歌声に回帰していくのです。